log.05 アノー・サフィリ記念館

アノー・サフィリは一人っ子であった。 それだけでも、100年に一人のことである。 アノーには、両親から受け継いだ職というものがなかった。 それにも関わらず、アノーは既に2歳には学問を修め、生業を定めていた。

早逝が惜しまれたアノーには子供がおらず、「ログ」を継ぐものもいない。
だが、5歳で死ぬまでの3日間、その全てが収められた「ログ」は一般に公開され、
誰もがアノーの遺志を受け継ぐことができる。

その「アノー・ログ」が所蔵されている、当アノー記念館への交通アクセスはこちら。
24時間開館、入館料は一人・三人・五人の3コースより……

(「アノー記念館 入館のしおり」より抜粋)

「助けてー!」
「誰かー!」
「ぐへっへっへ、こんなところに誰も来やしねぇよ!」

ひと里離れた山道で、男が一人と女が二人。
女二人のいでたちは、山歩きをするようには思えないような軽装。
一方男の方は、どこから見ても悪党面の山男。
髭と頬の傷が人相を凶悪なものにしている。

「まてっ!」
「むむっ、誰だ?」

大樹の傍ら。
腕を組んで木にもたれかかり、悠然と現れたのはすらりとした長身の男。

「女性が怖がっているじゃないか。
 怖い顔をするのはやめてくれないか」
「この顔は生まれつきだ!
 馬鹿が、妙なところにノコノコ現れたことを後悔させてやるぜ、グッヘヘ」

大男の体がさらに膨張する。
服が裂け、皮膚が破れ、中から短毛獣のような剛毛が吹き出るように一斉に生える。

グガゴァァァァァァア

「やはり、人狼か!」
巨大な狼のように姿を変えた大男を見上げながら、変身中の隙をついて抜け目無く女の子たちを逃がす。
「ゴゥバババババァ! さぁて、オレは腹が減っているんだ。
 この際男でも女でも関係ねぇ……」
姿勢を前屈みに、全身のバネを溜める。
「食ってやる!!」
その場から、足跡と土埃だけを残し、消える。
次の瞬間、鋭い牙の立ち並んだ狼の大きな口が、男の眼前に迫った。
血飛沫が、舞った。

「ギャァァァァァァァァッ!」
だが、その血のほとんどは、男のものではなかった。
「バ、バカな……」
大きく開かれたままの狼の口。
口が裂けたかのように、と例えられる狼の口の端が、さらに頭の後ろ近くまで引き裂かれ、大量の血を吹き出していた。
「お、お前はまさか……」

ザッ。
「ひとは問う。どうして耳が大きいのかと。
 それは、助けを求めるひとの叫びを聞き逃さぬため」
ザッ。ザッ。
「ひとは問う。どうして目が大きいのかと。
 それは、ひと知れず闇に潜む、卑劣な悪を見逃さぬため」
ザザッ。
「ひとは問う。どうして口が大きいのかと。
 それは、世にはびこる悪を、ひとつのこさず喰らいつくすため!」

黄金の毛並みに、頭部を覆いつくすかのような赤褐色のたてがみ一筋。
「ひと呼んで、怪狼紅頭巾。見参!」
満月の光を背負い、人狼が一匹。
大きな岩の天辺で腕を組み、スラリと立っていた。


「はーいカットぉー!」
「おつかれさまでーす!」
「お疲れでーす」

アノー・サフィリ、4歳。
世間では仕事を始めたばかりの歳になるが、
アノーはすでにこの仕事について二日目になっていた。

「よかったよー、アノーちゃーん」
「あ、お疲れさまです監督」
キャップにサングラス、肩にかけた上着の袖は前で括られている。
まだ新しい職業、「監督」の、先代から伝わる作業着らしい。
「今回アクション巨編で行けるのもアノーちゃんのおかげ。
 ……あいつのとこは代々顔はいいんだけど、アクションはからっきしだからなー」
「ハハハ」

怪狼紅頭巾。
満月の晩に、月から送られるひとの思いを受け取って変身し、死んだひとの無念を晴らすという変身ヒーロー。
その、変身後の中身がアノーの選んだ仕事だった。
スタントマンの誕生である。

半日で収録が終わり、スタッフは現場となった山を下りた。
だが、アノーは次の仕事まで、この山の小さな炭焼小屋で過ごすことに決めていた。
2歳のときに発表した、論文の続きを書くために。
「月の光というものは、死んでいったひとの思いをうけとって変身……
 じゃない、台本と混ざった」
「ログ」と論文を見比べながら、「ログ」にないことを論述し、引き写し、また「ログ」に転記する。

ふと、外から木が折れるような音が聞こえた。
書き物に没頭していた顔を上げると、深夜というのに外は妙に明るい。
窓を開けると、一気に熱気が吹き込んできた。
「……山火事!?」
山小屋の外は、一面炎に包まれていた。
まだ遠巻きだったが、このままでは炭焼小屋が炭小屋になるのも時間の問題。
「ログ」と論文の原稿だけひっつかんで、アノーは外へ飛び出した。

仕事柄危険な状況には慣れているが、実際の火事となるとまた違う。
もう深夜ではあったが、幸か不幸か火に包まれているせいで辺りは明るい。
木を避け、下生えをかきわけて。
一目散に、獣道を駆け下りる。
「うわっ」
急激に吹き付けた熱風が、アノーの体を煽った。
どうも、下山ルートを行くごとに火の勢いが増しているような気がする。
「まずいな、こっちが火元か?」

と、目の前を、ふわりと白いものが横切った。
思わず手を出して、掴む。
「これは……?」
三角形の不思議な紙。
アノーの知る限り、紙はこんな風に空を飛ぶものではなかった。
来た道をひきかえし、他の下山ルートへ向かいながら、
その不思議な紙の謎を解こうと、折り目を開いてみる。

「こ、これは……!? 『武器』だって?」
紙の中身は、「ログ」だった。
その内容がもたらした衝撃に、アノーの足は止まった。
特殊な速記法によって書き留められていく「ログ」。
その1ページの内容は、今では失われたはずのもの、
「武器」を発見してしまった、という記述だった。

「どうしよう……、早く誰かに知らせないと!」
駆け下りようとした足が、竦み上がる。
あまりのショックに思考が止まり、いままで通ってきた道がわからない。
どちらが下か、わからない。
(落ち着け、落ち着け!)
炎に包まれながら、徐々にアノーは自分のもっとも慣れ親しんだ感覚、
危険を前にして、確実に仕事をこなす感覚に馴染んでいく。

「まず、『武器』だ。これをなんとかする。
 次に火事。
 ただ問題がひとつ。『武器』にこの火がついて、大爆発するかもしれない。
 そうなったらここいらは全滅だ。
 ひと類学の歴史科で習った、確か」
一歩動いて火の粉を避ける。
「ログ」が燃えないように気をつけて。

「じゃあ先に『武器』を運び出す。無理か。量が多そうだし……」
アノーは傍らの樹に拳を打ち付け、額をぶつけた。
「ログ」を何度か読み返し、自分のログになにごとか書き付けていった。

「よし、これでいこう」



「僕は、不思議と怖くなかった。
 仕事柄、というのもあったろう。
 撮影の延長のような気持ちだったのかもしれない。

 大規模火災の対処法は学校で習った。
 なんという名前かは覚えていないが、確か大きな爆発で火を吹き飛ばす方法だ。
 きっとそのとき僕は爆発の中心にいるので、成功したかどうかはわからない。
 勉強したことが実際に役に立ったのかどうか、確認するチャンスがなくて残念。

 でも、これで大火事がくい止められて、忌まわしい武器も消すことができるなら、
 きっと僕の一生の最後の仕事にふさわしいのではないかとおもう。
 人生の友人がいなかったのだけが、心残りだ。
 でも、月ももうすぐ一杯になる。
 あれが減り始めるときには、僕もまた新しく生まれて来れるんだろう。
 月の明かりを頼りにして、僕は作業に取りかかった……」

(アノー・ログ 一般公開分より抜粋)

「火事というものは自然に消えるものであって、  あのような手段をとるべきではなかった。  幸運にも我々にもたらされた貴重な『ログ』である武器を、  個人の判断で再び土砂の奥深く沈めてしまったのだ。  これは我々の種族理念にも反する行いであって、  到底看過できうることではない。

 そもそも、月がどうとかいう迷信のために、
 命を軽んずる若者が多いといわれているが、
 この件もそういった一連の流れにあるのではないだろうか。
 我々が死んで月に行くなどということはない。
 あたら若い命を粗末にすることのないよう……」

(アノー事件に対する国防長官の見解)

「おったまげただぁ!
 ワシは見たんじゃ、燃えちょる山のまんなからへんがな、こう……ドカーン!」
「きゃっ」
「……と噴火したんじゃよ」
「そ、そうですか、それは大変でしたね」
「それがこの崩れた山じゃあ。
 ワシらが一所懸命がんばってきた果樹園も、ほれ、埋まってしもうたわ」
「一体なにが起こったんでしょうか」
「……ここだけの話、ワシは見たんじゃよ。
 昨日、前の総理大臣がひとりで登っていったんじゃ」
「以上、避難所からお伝えしました」
「これはそう、陰謀じゃよ、陰謀!
 なにやらキナ臭い陰謀の……、おい! ワシの話を」

(緊急特番「火災、爆発……そのとき山に何が起こったか」 国営放送 A時~B時)

「当館は閉鎖いたしました。  ご用の方は以下の連絡先まで」

(アノー記念館 正面ゲート前掲示物)

(掲載:2007年06月09日)

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コメント (1)
» 投稿者: 暖房

 お久し振りです。
今日はちょっと宣伝に来ました。
実は 1/21 から「裸言-LAGON-」
http://lagon.jp/
というサイトを立ち上げる事にしました。
コンセプトは「言葉のエンターテイメント」です。
頑張りますのでどうぞ宜しくお願いします。

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