log.03 月にまつわる俗説に関する一考察 序論(抜粋)
月というものは本来天文学の分野であり、その存在は今や疑う余地がないものである。
だがそれまで、我々の間では数々の仮説俗説が現れ、消えていった。
月には、我々とは別の生き物が住んでいる。
月には、何十年も生きることのできるひとが住んでおり、我々を観察している。
月は、ただ空に描かれた飾りである。
そのような根拠の薄い説は次々と論破され、消えていったが、
今ここに新しい俗説が生まれ、ひとの間に広まっている。
「我々は死ぬと月の一部になり、月の一部が欠けて我々が生まれてくる」という説である。
この説はご存じの通り、既に天文学的には論破されつくした感もあるが、
それでも今に至るも従来の俗説のようには消滅せず、一部で根強く語り継がれている。
これはなぜだろうか。
私はこの問題を天文学的にではなく、むしろひと類学的問題と捉え、
本論文を上梓するものである。
まず、月というものに関する基礎知識を簡単にまとめておきたい。
月とは天体である。
30代に渡り、月を観察してきたチド一族の考察によれば、
月は円形または球体を基本とする不定形の物体で、日によって形を変えるという。
未だ月の増減に関する問題に結論は出ていないが、
月の一日あたりの増減量はほぼ一定で間違いない、という「ログ」が発表されている。
さて、そこでひと類学的論に移る。
私はこの、「月の増減に関して結論が出ていない」ということが、
専門家を除いては、この俗説に否定しきれない説得力を与えている要因であろうと考える。
以下、本論ではその仮説を検証し、ひとと俗説との関わりについて論証していくものである……