log.01 君と、今宵、満月を。

初めて「彼」を知ったときには、「彼」はわたしの前には現れなくて。
おじいちゃんが撮ったっていう、「彼」の写真を見ていると、
なんだかふわーっとした気持ちになって。
「彼」に会いたいな、もしかしたら今晩会えるんじゃ、って、
毎晩枕を抱きしめて、朝が来るまで窓から夜空を見上げてた。
 
両手で写真を握り締め、空と見比べながらためいきをひとつ。
なんて、キレイなんだろう。
一目でいいから会いたいな。
名前だけは分かってる。
その写真のすみっこには、おじいちゃんのものらしい字で、
「おつきさま」
と書かれてあるのだから。

///

「いってきまーす!」
湿気を吸ってばっさばさ、短めでクセだらけの髪のお手入れもそこそこに、
わたしは家を飛び出した。
家族はお父さん、お母さんに双子の弟が一人。
みんなわたしより先に仕事に出ていて、
いってきます、って言っても誰も家には残ってないんだけど。
 
こないだから働き始めた弟には悪いけど、
わたしはまだ学生をやっている。
最近お父さんの調子がよくなさそうで、
わたしも早く働かないとな、と思ってるんだけど。
 
「おはよう、アミ!」
「あ、おはよ、ゴク!」
学校の前で出会ったのは幼馴染のゴク。
がっちりした体格に短く刈った茶色の髪。元気がとりえ。
同い年で、学校にみんなより長く通ってる、ってとこも同じの、
「人生の友達」、ってやつなのだ。へへ。
 
「アミ、仕事決まったか?」
「うーん、考えてはいるんだけど」
「まったく……。お前はいっっっつも、だけど~、だけど~って」

うう。
「人生の友達」は自慢なんだけど。
自分のことをよく知ってる相手って、こういうとき鋭くてちょっとイヤ。
なんだか隣を歩いているゴクの顔を見れなくて、うつむいて答える。
 
「家の仕事は弟が継いでくれるから、なんだか迷っちゃって」
「それでも、普通は家の仕事を継いどくもんだって。
 もしも弟くんになんかあったらどうすんだ」
「そうだけど……。
 でも! そんなこと言ったらゴクだって、早く家の仕事した方がいいんじゃないの」
反撃してやったつもりが、軽く笑顔でかわされた。
「俺はいいの」
返事は、すっごく意外なもので。
「俺はこのまま研究者になるんだからな」
おっと、急がないと。
そういうと、ゴクはさっさと走っていって、
今まで一緒に通っていたのとは違う、大きくて屋根の丸い建物に入って行った。
 
そんなこと、わたし全然知らなかったよ。
 
///

その日の帰り、ゴクは校門のところで待っていた。

「なあ、アミ。月、って知ってるか?」
「ツキ?」
「空にある、金色の星さ」
「わたし、天文学は取ってないから……」
「それじゃ、今夜見せてやるよ。俺、月の研究してるんだ」
「へー」

我が「人生の友人」ながら、なんと役にたたなさそうな勉強をしているんだろう。
でもいいのだ、勉強の中身は。
すべてのことに無駄なことなんてないんだし、本当に重要なのはそんなことじゃない。

「それと……、ちょっと大事な話があるから」
「……うん」

今夜、わたしたちは、きっと。
「人生の友人」から、「つがい」になるのだ。
もちろん、「人生の友人」がいなくなるのは寂しいし、
人生の半分がなくなってしまうような感じだけど。
「つがい」というのはもっとすごいことなんだ、とお母さんから教わってきた。
だから大丈夫なのだ。うん。


うちでの、生涯最後の勉強を終わらせてペンを置くと、わたしは待ち合わせの公園へ向かった。
子供だった日に一緒に遊んだ公園。
ゴクは大きくて、いつも見上げる相手だった。
今じゃ身長はほとんどおなじ。
今日は一緒に並んで、空を見上げることになるんだろう。
それはきっと、とても素晴らしいことなのだ。

「おかしいな……」
夜の半分が過ぎても、ゴクは姿を見せない。

待ち合わせとは神聖なもの。
大事な時間を、自分のものだけでなく、他人のものも犠牲にすること。
だから、絶対にゴクが遅れたり、忘れたりするわけがない。
気がつけば、飛び出していた。
ゴクの家へ。
走る。

「ゴク……ッ!?」
真っ暗な畦道で、ゴクは倒れていた。
月明かりだけが、ゴクの白い肌を照らしている。
「……アミ、か」
「大丈夫!?」
「いや……、もう、ダメだな。今日が終わり、みたいだ」
「そんな……! だって、私たち、まだ4日目なのに」
うつぶせで倒れていたゴクは、最後の力を振り絞り、腕を振るわせて体を起こし、仰向けになった。

「ごめん、アミ。実はオレ、もう7日目なんだ」
「えっ……?」
「生まれてから二日、病院にいて。やっと学校に通いだしたのが4日目」
「そんなの……」
「そのおかげで、親にも期待されずに、自由に天文なんてやれたけどさ」
ウソをついていないのはわかっていた。
短い命、一度間違ったことばが混ざれば、元に戻すことは難しい。
そんなこと、みんなわかっているから。

「ほら……、アミ。見てみろよ。空」
「えっ」
夜空には大きく、細い月。
アミに抱かれ、上半身を起こしたゴクは、満足そうに言った。
「きれいだ……」
「ほんとう……。これが、ツキなんだ。こんなのがあったなんて。
 昨日はこんなのなかったよ?」
「月は、大きくなったり小さくなったりするんだ」
「もうこんなに大きいのに?」
「違う、どんどんこれから膨らんで行って、最後には丸くなるんだ」
「どうして?」
「さあな……、それが、俺の研究テーマだったんだけど」
徐々に輝きを失ううつろな瞳に、月だけが映る。

「俺の父さんが死んだとき、金色の砂になって消えていった」
「うちのお婆さんもだよ」
「……これって、月に似てないかな、と思ったんだ」
声が、次第に力を失ってゆく。

「俺達、死んだら砂みたいに消えるだろ。
 月って、よく見ると、俺達の砂そっくりなんだ。
 あの砂が月になって、また誰か生まれてくるときに砂が降りてくるんじゃないかな。
 そういうのが、研究、したかった、けど」
「ゴク! ゴク!?」

「もういいから、放っていけよ。
 死ぬ人間に付き合ってる時間、もったいないだろ」
アミは、横たわるゴクの手を取った。
「いいよ、友達だから」
「『人生の友達』、か」
「うん」
「……ありがとう、な。今まで」
「うん。でも、もっと一緒にいられると思ってたけど……」
「ほら、また『けど』が出た。悪いクセだぞ」
「へへ。ごめんね」

どちらからともなく、手を繋いだ。

「……なぁ」
「うん?」
「もし、同い年で生まれて、月なんか知らなくて出会ってても、友達だったかな」
「そうだよ、きっと」
「……そっか」

ゴクの体は、アミの膝の上で金色の砂粒となり、やがて消えた。
ゴツゴツした土の地面に座り込んだまま、空を見上げれば。

月は、さっきより太くなっているような気がした。
 


「お母さん、ボクもおつきさまから生まれたの?」
「そうね。綺麗な綺麗なおつきさま」
「ボクもおつきさまみたい!」
「ええ。だけど、アノーが大人になったらね、丸いおつきさま、見れるんだけど」
「まんまるーい?」
「ええ。だから、今はお勉強がんばる時、ね? 明日からお父さんのお手伝い、できるようにね」
「うん! じゃあ、いってきます!」

わたしももう6歳。
子供も生まれて、夫の仕事を手伝って。
だけど、そんな忙しい時間の中、ついつい思い出してしまうのはあの日のこと。
ゴク。わたしの「人生の友人」。
 
わたしももうすぐ死んでしまうけれど、
できるだけ多くの人に、月の話をしようと思っている。
ゴクが、その七日間の生涯を賭けた、月の物語を。
 
でも、わたしだってそんなこと、信じてるってわけじゃないんだけど。

(掲載:2007年06月09日)

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